治療的自我 ⑤ (謙虚さ)

2015年12月10日

謙虚であること・・・


これも、治療者として大変大切な素養です。
その理由をズバリ申し上げましょう。
それは、

「医学において、『絶対』はない!!」

からです(実は一つだけあるんですが、また回を改めてご紹介したいと思います。ちなみに、何であるか、ちょっと考えていただければ幸いです。決して専門的、学問的な事ではなく、言われてみれば、誰もが必ず納得できる事です)。


風邪は絶対に治る! とは断言できません … 肺炎に進展して、亡くなる事もあります。
かすり傷が数日で治る! とは断言できません … ばい菌が深く侵入して、重症感染症に進展する事もあります。
腰痛は怖くない! とは断言できません … ばい菌や骨折や癌が隠れていることもあります。
癌は治らない! とは断言できません … 末期癌で、医学的には打つ手がなくなった人が、何の治療もしていないのに、(極めて稀ながら)自然治癒する事もあります。

医師の仕事は、重大な決断の連続です。
次から次へと、1人の1人の患者さんに対して、素早く確実に診断し、治療方針を立てていかなければなりません。
しかし、上記の如く、思わぬ結果に至ったり、まさかと思うような事が(必ず)起こるのが、医療現場の厳しさです。
例え、何十万回に1回しか起こりえない、極めて稀な合併症や副作用、あるいは通常では考えられないような経過や結果であっても、1人1人の患者さんにとっては、まぎれもなく自分自身に起こった、唯一無二の出来事です。
医師は、この重大性、危険性を常に頭の中に置いておかなければなりません。
その為には、どんなに忙しくとも、自分の毎回の診断、治療方針に対し、常に謙虚な姿勢を持ち続ける事が、絶対必要不可欠なのです。


ところで、「謙虚さ」はどこからくる(得られる)のでしょうか?
それは、ズバリ、

「失敗や挫折」

からです。


痛い目に会うからこそ、謙虚になれるんです。
どうしても勝てない相手に巡り会うからこそ、謙虚になれるんです。
努力しても、どうしても成し遂げられない、うまくいかない・・という経験をするからこそ、謙虚になれるんです。


医療の世界では、
「医師は、3度は痛い目に合わないと、一人前にはなれない…」
と言われています。
良かれと思って行った自分の判断や処置などで、思いもしない良くない結果を招いてしまったり、予期せぬトラブルに巻き込まれたり、結果として打ちのめされるといった想いを身に染みて経験しないと、本当の意味での治療者としての「謙虚さ」を身につける事はできません。


では、毎度の事?(笑)になりつつありますが、そもそも医師には、(本質的に)謙虚な人が多いと言えるのでしょうか?

残念ながら、答えはノーです…


医師になってから、医療現場で上記のような厳しい経験をして、「謙虚さ」を身につける事も勿論大切なんですが、やはり、元々の人間的素養として、「謙虚さ」を持ち合わせているべき(持っていて欲しい!!)ですよね?
ところが、悲しい事に、そのような素養を持った人は、やはり少数派なんです。


何故なのでしょうか??
また回を改めて、考えてみたいと思います。