治療的自我 ⑥ (ユーモア)

2015年12月21日

ユーモア・・

これも治療者(主に医師)にとって大切な素養です。


医療現場が、ごまかしや体裁が通用しない真剣勝負の場である事は、以前にも申し上げました。
病気や怪我で悩んで来られた患者さんに対し、正しい事を疑いなく正しいと信じて実行する(素直さ)事が絶対的に必要であり、治療者の胸中はまさに真剣そのものです。
大真面目ですし、全力ですし、必死です。
基本的に、そこに疑いの余地はありません。


しかしです…
敢えて、このガチンコの真剣勝負の場にあっても、ちょっとした(度が過ぎない程度の)「ユーモア」 を忘れないでいたいんです・・


世の中には、沢山の真剣勝負の場があります。
大勢を前にしたプレゼンテーション、重要な会議、上司との面談、人生がかかった試験等等。
いづれも、はりつめた空気、ピリピリした雰囲気、せっぱつまった心境、ですよね?
そんな時に、ちょっとした何気ない些細な一言や冗談や、たわいもない世間話などによって、ホッと一息つけた事はありませんか?
極度の緊張が、スッとほどけたような経験をした事はありませんか?

そう、重要であればあるほど、真剣であればあるほど、本気であればあるほど、ユーモアは必要なんです。
医療現場においては、厳しい診断や見通しや辛い治療の話になればなるほど、治療者の何気ない一言や世間話や冗談等が、追いつめられた患者さんの心をときほぐす事があるんです。
同じ厳しい内容を伝えるのにも、ただ冷徹に機械的に伝えるのと、ちょっとしたユーモアを交えて伝えるのとでは、患者さんの受け止め方が違ってくるのは、何となくご理解いただける事と思います。
言いかえれば、治療者には、それだけ患者さんの「心」を案ずる配慮が必要なのです。


しかし、そうは言っても
「言うは易し、行うは難し」
です。
真剣勝負の場でユーモアを交えるというのは、実は簡単ではありません。
ただ笑わせれば良いというわけでは決してありません。
ただたわいもない世間話をすれば良いというわけでもありません。
まかり間違えば、患者さんを怒らせる結果になったり、更に深く傷つけてしまうといった事態にもなりかねません。
厳しい状況である程、ユーモアを交えるというのは、治療者にとって大変勇気のいる事なんです。

では、どうすれば 「ユーモア」を上手に使えるようになるのでしょうか?
どうすれば、真剣勝負の場で、患者さんの心を和ませる、気の効いた冗談が言えるようになるのでしょうか?
どうすれば、場の空気にあった、たわいもない世間話をする事ができるようになるのでしょうか?
お笑い番組や漫才や落語を、一生懸命見たり研究するのが良いのでしょうか?
はたまた、人を笑わせる練習をすれば良いのでしょうか?


やはり、これは治療者の「人間性、品格」にかかってくるんです。
真剣勝負の場で、患者さんを傷つける事なく、場の雰囲気にあった気の効いたユーモアを交えるためには、決して一長一短ではなく、それができるだけの「人間力」が必要不可欠なのです。
治療者自身が、沢山の修羅場をくぐり、病気や怪我を経験したり、人間関係やコミュニケーションにおいて辛い経験や失敗をしたり、打ちのめされた想いを味わった事があるからこそ、初めて本当の意味で患者さんの心が理解でき、引いては、「ユーモア」を交えられるだけの余裕が生まれるんです。
「人間力」を前提とした「ユーモア」であるからこそ、患者さんに真意が伝わるんです。
薄っぺらい、付け焼刃の、その場しのぎのユーモアなら、医療現場においては、決して使用するべきではありません。
「人間力」を前提としない「ユーモア」は、患者さんに逆効果を与えてしまう事になります。


では、毎度の事になりました (笑) が、世の中の治療者 (主に医師) には、
「人間力を前提としたユーモア」
がきちんと備わっているのでしょうか?
単に医学の知識や技量だけではなく、時には患者さんの心を和ませるような気の利いた一言や、たわいもない世間話ができる人が多いと言えるのでしょうか?


残念ながら、やはり答えは ノー なんです…


何故なのでしょうか?
また回を改めて考えてみたいと思います。